ドラム缶を楽器に変えるスティールパン製作家の挑戦とハガネの町のオーケストラ

2023年10月7日

39歳の日本人スティールパン製作家、生田明寛さん。カリブ海発祥のスティールパン楽器を1つのドラム缶から生み出すその情熱を追いました。

スティールパンに魅せられて

生田さんは、スティールパンに魅了され、派遣社員やアルバイトで生計を立てながら、独学で製作技術を磨きました。その努力はプロ演奏家から高く評価され、「本物の音」を作り出せると言われています。

スティールパンは中米カリブ海のトリニダード・トバゴ共和国で生まれた打楽器で、独特の美しい音色を持っています。その歴史には奴隷と植民地支配者の闘いが刻まれており、石油産業の隆盛でドラム缶から音階を生み出すアイディアが生まれました。

生田さんがスティールパンに出会ったのは2009年。その後、トリニダード・トバゴでの修業を経て、兵庫県養父市に工房を移しました。最初は試行錯誤の日々でしたが、2014年に初めて楽器が売れ、専業で生計を立てることに成功しました。

日本ではスティールパンがまだマイナーな楽器であり、その製作も特殊な技術を要するため、生産数は限られています。しかし、コロナ禍において楽器の注文は増加傾向にあり、生田さんは技術の向上に努力しています。

生田さんは自身のスティールパンを持ち、再びトリニダードに行くことを夢見ています。彼の情熱と才能は、日本にカリブ海の音色を届ける希少な存在として輝いています。

スティールパンとは?

スティールパンはドラム缶から作られた音階を持つ打楽器で、中米カリブ海最南端に浮かぶ島国トリニダード・トバゴ共和国で生まれました。
独特の倍音を響かせ、繊細な美しさと陽気な力強さを併せ持つような不思議な音色が特徴です。
スティールパンは1992年に「国民楽器」として正式に認められましたが、その発展にはアフリカなどから連れてこられた奴隷と植民地支配者との長い闘争の歴史が深く関わっています。

19世紀末、奴隷たちが太鼓により高揚し暴動を起こすという理由でイギリス植民地政府は太鼓を禁止しました。
しかし、音楽と生活が密接に結びついていた彼らは新たな楽器を生み出しました。切った竹を地面に打ちつけて鳴らす「タンブーバンブー」が生まれ、禁止されると道端に転がっている鉄くずをも楽器にしました。
やがて島で石油が産出されるようになり、ドラム缶に目をつけた彼らは、それをたたき始めました。
凹み方によって音程が変わることに偶然気がつき、ドラム缶に音階を付けていったのです。こうした長い闘いの果てにスティールパンは誕生しました。

安来スティールパンオーケストラについて

安来市総合文化ホール・アルテピア(安来市飯島町)が、ハガネの町にちなむ活動を考える中で着目したのが、ドラム缶から生まれた打楽器「スティールパン」でした。
そして「安来スティールパンオーケストラ」が2019年にアルテピアで結成されました。
スティールパンをこよなく愛し、スティールパンを通じて『ハガネの街・安来』をPRしたいと活動を行っています。
ここ数年は、コロナ禍により活動が制限されていましたが、2023年から、スティールパン体験教室や練習見学会なども開催し、多くの人にスティールパンの演奏を聞いていただく機会を増やしています。

○まとめ

通常スティールパンと聞くと優しい音色を想像しますが、 大人数で演奏したときの迫力、音が迫ってくるような感覚はスティールパンのもう一つの大きな魅力だと思います。
また、楽曲によって癒されたり、元気になれたりと変化に富んでいるところが、この楽器の魅力でもあるようです。
ぜひ一度、スティールパンの生の音を聞いてみてはいかがでしょうか?あなたもきっと虜になる…かもよ?

安来市総合文化ホール・アルテピアより

安来スティールパンオーケストラのメンバーとして一緒に演奏活動等を行うメンバーを募集します。
初心者大歓迎!必要なのはスティールパンを叩いてみたいという好奇心です!安来スティールパンオーケストラの活動に興味がある方は是非一度見学してみてください。

練習見学を希望される場合は、必ず日程をご確認いただき、アルテピア(0854-21-0101)までご連絡ください。

地域活性化

Posted by Ka Shiba